火事場の安否確認

-- 刑事さん、あの人です。--

人形の進捗を書くつもりが長引いた

 アキバヨドでシリコ~ンとポリパテを買ってきたので,置換準備として四肢を切断しました. これまではポリパテに置換してから分割してたんですが,スカルピーの方が楽かもしれない. なぜならスカルペーは曲面で分割しやすかったから. エッチングソーで数mm 彫り込んだ後に,こないだ買ってきてイマイチだったスパチュラの一方 (薄い笹葉状) をザクザクぶっ刺していくと結構キレイにいけました. ポリパテだとこうはいかない. その後,四肢側にホゾ穴を掘り,胴側にホゾの基礎を作り,力尽きて寝た. 後は各切断面をポリパテでならして多少ディテールを追加してから型取します. たぶん腕と胴体は比較的芸が細かいのでキャストに,脚は表面処理を優先したいのでポリパテに痴漢. 三つ編みの根元の強度が心配だから頭も試してみようかなあ. しかし下手にやるとぶっ壊しそうだ.



 ところでシリコンて値上がりしましたかね. 5年くらい前に初めて複製ってのをやってみようと吉祥寺のビージェイで買い求めたときは2缶で5000円台だったような気がするけど,こないだはヨドで同じものが1缶3600円くらいだった. でも時期的なものなんだろう,商品棚は疎らで残りは数缶. たっけーなー,と思って一段下の棚を見ると,クレオスのシリコンが2400円くらいで売ってた. やっすいなー. どうせ量産用じゃないからコッチください.
 
 そういや吉祥寺のビージェイは(゚Ω゚)さんのヱッセヰにもあるように閉店してしまいました. 思えば私の通った模型屋もいろいろと変遷したものだ.

 小学校3年生のときに初めて自力のみで作ったタミヤの零戦. 買ってもらったのは,たまーに通っていた所沢 (当時,東村山在住) の水泳教室の帰りにふらりと入った模型屋だった. 記念すべき店だが其れっきり. 今となっては店名も分からない.

 翌年,山梨に引っ越すと, 「アトム模型」,「ロイヤルモデル」,「イチカワ模型」 に通った. 前二者は,父親の少年時代からあったように聞いている (両親は山梨出身).
 「アトム模型」 は自宅のすぐ近所で,老夫婦が営んでいた小さな店だ. 看板に入ったタミヤのマークを見るたび心が震えた. 通りに面したショウウィンドウには,子供の背丈ほどもあろうかというピーシューターか何かのラジコン?やタミヤの1/6 ハーレーなど年季の入った大型製品の作例がズラリと並んでいた. 店内は小学生の私からしても非常に狭く,暗く静まり返っており,デカい柱時計が粛々と時を刻むのみ. 当然,客はいつでも私一人. 入店したが最後,手ぶらで出るのが憚られる音無きプレッシャーが圧し掛かる. というか手ぶらで帰ると老夫婦が残念死しそうで不憫であった. この店,4年ほど前に車で偶々通りかかったら,驚いたことに完全に当時の佇まいを保っていた. ショウウィンドウの作例もことごとく見覚えがある. 遠目に見えたそれらの退色具合や埃の堆積具合は記憶の中のとおりで,あれはいったい何十年前からあるんだろう. 店主の爺さんは生きてるんだろうか.
 やや繁華街寄りにある 「ロイヤルモデル」 は恐らく市内 (県内?) 随一の模型屋で,ミニ四駆ブームなどの影響からか少なくとも当時は賑わっていた. 「おっちゃん,ローハイトはねぇだけ? これ売りもんじゃねぇだけ? 売ってくりょうしぃ」 などとシミったれたガキにタメ口を利かれて気の毒な仕事だ,と思いながら毎週のようにチャリで通った. 毎週のように通ったから交通事故にも一回遭った. 別段,特記事項もない店だったが,生涯で最もたくさん模型を買ったのはここだろう.
 「イチカワ模型」 は自宅から遠く,中学1年のときにN山K大君から存在を教わった. ここは家からの距離も然ることながら,<<禁則事項です>> った. しかし大変魅力的な特典として,店の近くに小学校へと続く歩道橋があり,その下を通ると,いつでもビックリするくらい大量の小○生パンチラを見学することが可能だったのである. そのままロリコンパンチラウォッチャーを修める生き方も考えられたが,なぜか数回通っただけでやめてしまった.

 禁欲的な生活を送った高校時代を経て,大学に進学した私は,新宿の 「イエローサブマリン」 でカルチャーショックを受ける. この店で初めてガレージキットを目にし,スケールモデルのマトモな作例を見た. 実家住まいのヒキヲタ童貞に美少女フィギュアは刺激や制約が強過ぎ,次いで目を奪われたのが,ショウケースに所狭しと並べられた数十体のB-CLUB 製 1/220 ガンダムだった. そして1万円札を握り締め,生まれて初めてレジに持っていったレジンキットが1/220 ヤクトドーガ 8800円. この頃,自室にエアブラシとコンプレッサーを導入したら,帰宅した父親から 「おい何やってんだ,しっかりしてくれ. うちは工房じゃないんだぞ (物凄く情けない口調)」 と非常なる失望の言を吐かれ,意外な否定的反応に多少落ち込む. そこまでダメなことした自覚はなかったんだが. 今もないんだが.

 この時期は実家ぐるみで横浜に住んでおり,自宅から伊勢佐木町まで徒歩10分だった. そこに 「オデヲン」 という古い商業ビルがある. 入ったら模型屋があった. 「ラッキーサン」 というその店は,勿論イエサブほどの品揃えではないものの,適度に狭っ苦しい店内には床から天井まで箱が積み上げられ,片隅に忘れ去られた年代物のガレージキットが埃とともに発掘されたりする,立地からしてもイエサブとは一線を画した,独特のサブカル色を漂わせていた. 友達もいない私は,休日,家の空気に耐えられなくなると,ここで時間を潰すようになった. 同じフロアに大きな古本屋もあり,時間はいくらでも潰すことができた. 今だったらきっと虚しくて泣いてる. あぁ,思えば何と無駄な青春の1ページ.

 大学2年になると練馬で一人暮らしを始め,キャンパスも秋葉の近所に移り,絶好の条件が整ったかに見えたが,この頃は模型から少し遠ざかっていて,秋葉に模型屋があるのかどうかもよく知らなかった. 一方で,ある日の昼下がり,暇に任せて秋葉と反対方向に当て所なくポチポチ歩いて行ったら 「大成堂」 という模型屋 (というかオモチャ屋か) を見つけ,以降,オモチャ好きの同級生と一緒に何回か冷やかしに行ったりした. この店で私は生涯初の模型仕事を依頼される. 別に店から声を掛けられたという訳ではなく,同じ学科のM類I君 (やべえ,特殊な名前だから特定できそうw) に突然 「ガンタンク作ってよ」 と言われたのだ. 作って持って行ったら3000円くれた.
 
 その後,私は大学院を出て就職し,WF に出入りするようになった. 新宿のイエサブは秋葉原に移転して 「スケールショップ」 となった. 「ラッキーサン」 はなくなった. 隣の古本屋もなくなった. 「大成堂」 は支店が潰れて規模が縮小した.
 
 先日,私はアキバヨドで模型材料を買った. ほんの少し前まではラジオ会館の模型屋だったのに. 今はもう居ない,いつでも何でも一生懸命なお嬢さんが,うんうん悩んで選んでくれたヤマハのYZR-M1 を買ったのが最後だ.

 ホントは家電量販店で買いたくないな. 模型屋で買いたい. カビくさくて薄暗い,町の模型屋に行きたい.


  1. 2009/06/12 (Fri) 22:50:13|
  2. - 006 キャミィ
  

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