火事場の安否確認

-- 刑事さん、あの人です。--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/-- (--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

圧倒的に暇

 連休5日目ですけど,ほんとに何もやることないですね.
 あんまりやることがないので,顔面に目張りして何秒間息を止められるかゲームをしているうちに死んでしまったりするといけないので,手淫の片手間に人形の顔を作ったりしていると,やっぱりもう死んでもいいなあと思います.
 尼崎の電車事故の記事を読んで涙を流しながら,自殺はいけないと思ったばっかりなのに.
 考えてみればお友達もお嬢さんもいない年の連休は今までなにして生き長らえてきたんだろうか.よくこんな苦痛な時間を過ごせたな.写真を撮りに行きたいけど人を見ると死にたくなるのでメシを食いに出るのも億劫.

 ここで得意のモー蒸すのDVDでも鑑賞して,より一層死にたい病を進行させてしまおうと企てたところが,生憎知り合いの人妻に貸し出し中でした.人の妻になってる暇があったらぼくと遊んでください.
 その後紆余曲折を経て,中嶋美智代のどうぶつでんわのライブ映像を鑑賞したら,どうしようもなく悲しい気分になり,ついでにCoCoのはんぶん不思議を鑑賞したら人形も作れなくなりました.
 何やってんだ俺は.
 それにつけてもどうぶつでんわは悲しい歌だ.
 はけのやまのしんどうと呼ばれたあの頃,まだまだぼくのゆくさきにはむげんの可のう性がひろがっていたはずなのにどこで道をふみ外してこんなことになってしまったの課.

 でも最近は筋とれが滞っていて,身辺整理をするための腰が重くて重くてさっぱり持ち上がらないのでまだシネマ船.

 出会い系サイトにでも行くか.


スポンサーサイト
  1. 2005/05/03 (Tue) 18:30:40|
  2. 与太話

こんな夢を見た

 夜更かしをしていたら夢を見た.

 いつの頃からか,夢を見ることなどほとんどなくなってしまったのだが,最近たまに見る機会を得ると,ことごとく鬱屈した内容である.
 今回は設定が変わっていて,舞台は20世紀初頭のフランスだった.ずいぶん大雑把なセッティングで頭の中身が知れるようだが,とりあえず私は20世紀後半の日本の片田舎に生まれた人間である.前世紀のフランスに造詣が深いわけでも何でもないので,各部の描写は至極いい加減である.
 この歳になると,悲しいことに長編の夢を記憶するのに割くべき脳容量はなく,せいぜい覚醒数分前の内容しか覚えていないが,話の筋としては,偽フランス共和国の比較的大きな都市で,孤児となって零落し,互いに身を寄せ合って苦境に耐えながら,流暢に日本語を話し,明るく生きるストリートチルドレンが次々と非業の死を遂げるというものである.そして察するに,私の役どころは観察者としての使命を帯びた一市民であるようだ.
 幕切れはMarieというベタな名前の10歳の女の子が口の両端から血を流し,眼は大きく見開いたまま,朽ちた対戦車砲をリサイクルした荷馬車に横たえられて,橋の下の群集の中を通り過ぎる様を私は呆然と見送っている,ところで目覚ましが鳴った.

 20世紀初頭と言いながら,第一次大戦後に開発されたはずの対戦車砲が何らかの戦闘によって既に破壊されていたり,そもそも荷馬車に改造することがリーズナブルなのかといったあたりには夢特有の恣意が見受けられる.
 荷馬車を見た時点で,それがもともと対戦車砲であったと認識し得たことから,そのへんの経緯も含めて,聞くも涙語るも涙の一大叙事詩が夢の中で綴られた可能性もあるがすべて忘れた.

 ともかく寝覚めの悪い中いそいそと家を出て通勤電車に揺られていると,私の脳内で赤毛の少女が吐血しながら一緒になって荷馬車の上を揺れ動き,もやもやした気分になった.
 なぜこんな夢を見なければならないのか心当たりがないが,内容はさておいて,前夜明け方4時頃まで夜更かしをしていたことが多少は影響したかもしれない.

 4時まで何をしていたのかといえば,一心不乱に手淫をしていた.
 というかカメラのレンズについて調べていた.
 私が現在所有しているカメラは,キヤノンの EOS 10D というデジタル一眼と,ペンタックスの S2 という40年以上前の古い銀塩一眼である. 目下デジタル一辺倒であり,銀塩マニュアル使いに言わせると「バカに見えてしょうがない」という状況であろうがまあいい.ジジイになったら M3 にヴィトンの革を巻いて銀座を徘徊する所存である.

 さてこの10D用のレンズだが,普段の街撮りなどには,幾許かの変遷を経た末, EF17-40 F4L を使うことに落ち着いたのだが,望遠側をどうすべきかが悩ましい.
 当初は,画・図体・価格を均等に熟慮して, EF70-200 F4L を候補に据えていたが,実際カメラ屋に私物の10Dを持ち込んで試し撮りさせてもらったところ,望遠域では何よりも手ブレの影響が甚大であることを思い知った.私はひとたび気合を入れれば「20mm,1/4sec,手ぶれ補正なし」部門でア・リーグ首位打者をも狙える心停止スキルを持ち合わせているが, 1/数十secが稼げる程度の明るさで頻繁にこれをやっていてはうっかり息を引き取りかねない.
 望遠云々よりも,とりあえず手持ちの広角で己の遺影を撮影しておくのが先決ではないか,と心配を始めた私に店員が薦めてきたのが EF70-300 F4.5-5.6 DO IS である.
 このレンズは概してネット上の評判が芳しくないので予てより検討から外していたが,落ち着いていろいろな見本を見ていると,写真の腕前も人格も容姿も稼ぎもうんこ同然の私には十分すぎる実力なのではないかと思えてきた.しかも街中で手持ちで取り回せるこの画角の純正レンズというと,もうほとんど候補がない.ちなみにレンズ屋のレンズには手を出さないことを誓ったので他社製品はあり得ない.
 というわけで,第一候補が一転,入れ替わったのがつい先日のことである.
 ところが,ここへきて第三の指針が示された.

 70-300との比較においてもしばしば引き合いに出される EF70-200 F2.8L IS である.
 もっとも,選択肢としては以前から存在していたものではあったが,やはり1.5kgというその重さと,何より月収50円の私が400年かかっても手の届かない価格が,越すに越されぬ田原坂として厳然と行く手を阻んでいたのだ.
 400年といえば江戸開府以来今日に至るまで貯金を続けてもまだ買えない.そのためこのレンズに関しては,所謂 サンニッパロクヨン などと同じ扱いとして,私の生きる日本国には実体は存在せず,空想上の動物なのだと思うことにしていた.
 ところがインターネッツという仮想空間においては,実体が存在しないはずのこのレンズで撮ったとされる見本が星の数ほど転がっており,これらをうっかりしげしげと眺めてしまったのが誤りであった.
 とはいえ,それは単に撮影者の技量やセンスが優秀なだけであって,彼らの手にかかれば実質レンズの技術的な差異など頓着に値しないのでは,との声もあろうが,そんなものはもはや私の耳には届かない.調子に乗って普段興味もないポートレートのサンプルなど見始めたからいよいよ歯止めがかからない.嗚呼,かはいい女の子はなんてかはいいんだ.でも私はかはいい女の子と無縁なので結婚相談所に行こう.結婚相談所にはこんな若い子は登録していないのではないか.
 そしてモニタに映し出されたのは浴衣を纏った鬼門の宮あおいちゃん(以下敬称略)である.
 その写真を見て思い出した.

 2002年にCX系で放映されたNONFIXで,京都の夏を舞台に,自分の生き様に悩みながら,伝統文化を受け継ぐ現場で生きる同世代の人物達と交流しつつ,漠々ながらも人生の方針を探ろうとする女子高生役を宮あおいが演じていた.
 その中で,宮扮する当該女子が浴衣を着て祇園祭に出かけるシーンがある.

 その情景を思い起こしながら,しばらくモニタの奥30cmの虚空を白目で睨めて妄想に勤しんだ訳であるが,その一環として是非,宮あおいのコピー(一般人)と懇ろになった上で,浴衣を着てもらって一緒に祇園祭に出かけ,70-200 F2.8L ISで写真を撮りたい.
 どうでもいいが,ここ数年の夏は猫も杓子も浴衣女とあの何,作務衣みたいなやつ着た男の組み合わせが街中に瀰漫しているけれど,端からバカに見えてしょうがない.あれは着る人を選ぶ格好であって,粋人以外はやるべきではない.甚兵衛っていうんだっけ.

 ところで祭の雰囲気なんてものはやっぱり動画の方が伝えやすいんでしょうね.

 宵山のお囃子が鳴りしきり,山鉾に灯されたたくさんの提灯が人波の合間に揺らめいて,そぞろ歩きの人いきれの中からふと脇を見遣ると,浴衣姿で京言葉の女の子がわらべ唄を歌いながらろうそくを売っている.買われていった無数のろうそくが山鉾の提灯と共にそこここで照らし出す人々の晴れやかな面差し(完全妄想).

 田舎者が憧れる京の情緒が最高潮に達する夏の一夜を是非HD動画に.
そういう題材であれば,敢えて作品性に拘ることなく画質だけに気を遣って,ちょっと高級なカムを持って歩いてるだけで印象深い映像が撮れそう.
 でも金ないしな.まずは一眼片手に宮あおい(コピー)と出かけてはどうですか.いや,こんな古きを思わせる祭の撮影こそペンタックスが相応しいような気もする. こんなの ではもののあはれもへったくれもない.気持ち悪い.
 というか本物のあおいさんは マニュアル使い なのであって,やっぱり粋な人は違いますね.
 私もそのうち機会があれば FM の中古でも探そうかと以前からちょっと思っている.同い年のカメラ.

 宵山でひとしきりの写真漫歩の後,雑踏を抜け,遠ざかる賑わいに後ろ髪引かれつつ二人肩を並べて歩くシンと空気の澄んだ裏路地,球の切れ掛かった街灯.宮コピーと別れ,半ば夢幻の縁を辿って帰宅し寝支度を整えて,撮った写真をうっとり眺めていたらいつの間にか窓の外は白み始め,ああ仕事だよ寝なくちゃ,寝たらフランスの子供が死ぬ夢を見た.


  1. 2005/05/22 (Sun) 02:39:14|
  2. 写真・キャメラ
  

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。