火事場の安否確認

-- 刑事さん、あの人です。--

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地方都市出張紀

 出張2日目の予定が変更になり,午後まで手が空いてしまったので時間を潰すことになった.
 同行者(総勢4名)の希望は温泉だそうだが,私は金を払って長風呂に浸かる行為にそれほど興味がない.カメラを持ってきていれば,半日でも1世紀でもひとり遊びする自信があったがそれもない.
 前夜,酩酊した上司の温泉案にそれとなく不満の色を滲ませたところ,

 「じゃあ東京に帰ってくれ」

 と不条理な揚言を浴びたので仕方なく承知した.ここで「はい,帰ります」と言える人間が将来CEOになるんだろうと思った.

 聞けばその温泉は,とあるテーマパークの一角にあり,園内には昔なつかしい昭和の田舎を再現してあるのだという.
 ただの更地を柵で囲って昭和の田舎だ,と言い張ることも十分可能だと思われたが,ともかく私は残りの3人が温泉で硫化水素をしこたま吸い込んで中毒に苦しんでいる間,ひとりで昭和ランド(仮名)を冷やかすことにした.

 タクシーを拾って昭和ランドに向かう.やがて前方に見えてきた見渡す限りの駐車場はまったくもって閑散としており,人っ子ひとり影も見当たらない.昭和の田舎を正しく再現していると思った.
 ゲート前で3人と別れ,チケット売場を見やると,ずらっと並んだ窓口は一様に固く閉ざされており,
 「隣の窓口でお買い求めください」
 との札を掲示したきり一貫して職務を放棄している.隣の窓口も開いてねえんだよ,とツッコみながら隣へ隣へと視線を転じ,ようやく駐車場側からは死角となる位置に唯一店開きしている窓口を発見した.
 顔面を真っ白に塗り固めた愛想のない中年女からチケットを受け取り,園内へ踏み込むと,今でもやっているか知らないが,全国高校野球選手権大会のNHK中継で,1回戦の試合前に流れる学校紹介のBGMに似た,大変物悲しいMIDI風ミュージックがスピーカーから垂れ流されており,他には一切音が聞こえない.遠くに年寄り夫婦が一組たゆたっているのが見える.

 ハナから目当てがあったわけではないので,見るべき物件も特になく,無目的にぶらぶら歩き回る.
 客がまったくいないためか,平日の朝っぱらに頭の足りなさそうないい大人(大人に見えるかどうか知らんが)がひとりでこんなところを徘徊しているのが物珍しいのか,所々で手持ち無沙汰に店番などしているスタッフが,ひとり残らず私に視線を投げつけてくる.あまりにあからさますぎて自意識過剰を疑う余地もない.
 この歳になると,他人の視線にいちいち反応して頬を赤らめ,動悸を加速するシステムはそう頻繁に作動しなくなってしまったが, 10年前の私ならば顔から噴血して堪らず雑木林に逃げ込み縊死していたかもしれない.
 ちなみに,先日練馬で練炭自殺した男性会社員はお前か,と複数の人に聞かれましたが私ではありません.

 人目を避けるように敷地の隅っこに向かうと,突如目の前に
 「読書百遍 意自ずから通ず」
 と微妙な筆致で黒々と墨書された丸太が現れた.
 目を上げると,道端のそこここに適当な格言を書きつけた同じような丸太がぶっ刺さっており,やるに事欠いて昭和ランドの終末感をより一層演出している.
 「若いうちの苦労は買ってでもしろ」
 というのもあった.これを見る人間の平均年齢は50歳前後であろうか.

 私はしばらくニヤニヤしながら格言の小路を歩いていたが,前夜,居酒屋でたらふく飲み食いした仕上げに,火をつけたら燃えるかと思われるほど油塗れのラーメンと手羽先を食ったことが災いしたか,俄かに便意を催し,表札に「おとこの子」と書かれた便所に駆け込んだ.
 中でうんうん唸っていると,おもてが騒がしい.黄色い声がする.
 声の主は思春期あたりの年頃の少女複数と思われた.さては修学旅行で不幸にもこの終末ランドに連行された中学生か.
 遠ざかる声を聞きながら俄然元気を得た私は勢いよく便所を出で,キョロキョロとあたりを見回すが,体操服ブルマの少女はどこにも見当たらない.ただ,50mほど先の道を学ランの少年3人が,なぜか両手に古タイヤを抱えて阿呆のように走り回っていたが見なかったことにした.

 やや日が高くなり,ぽつりぽつりと中高年客の姿が目につき始める中,心もち衰弊してランドを彷徨っていると,ふと見上げた前方に,スカートの短い高校生くらいの女の子が2人並んで歩いている.
 今は金曜日の午前11時であり,到底私服の女子高生の出る幕ではないのだがそんなことはどうでもいい,私は彼女らの後をふらふらとついて行った.
 やがて2人はひとつの大きな建物の前で立ち止まり,入り口にある看板を確認するように指差しながら中へと入って行った.
 その建物は,どうやら廃校になったどこかの小学校の木造校舎をここへ移築したものらしい.引き続き私も侵入しようと玄関に差し掛かると,2人が何やら入り口の受付らしきおっさんとやり取りをしているので瞬間的に回れ右をする.もしかして金を取るのかアコギな商売しやがって,と例の看板を確認すると,校舎の2階は村に残る史料の展示会場(無料)になっており,1階では「そば打ち教室(有料)」を開催中とある.
 なるほどと奥を覗くと,先ほどのユキちゃん(仮名)とアカリちゃん(仮名)がいそいそとスカートを脱いでエプロンに着替えているところであった.
 その一部始終を目撃した私はもう矢も盾もたまらず,漏れも蕎麦打ちだ蕎麦しかない蕎麦がしたい,と決意して服を脱ぎ捨て,受付に向かうと注意書きの紙が貼ってある.

 「2人1組での参加とさせていただきます」

 私はその場に崩れ落ちた.
 異変に気づいたユキちゃんが部屋から出てきて,どうしましたか,と声をかける.かわいい.
 遠のいた意識を引き戻しつつ事情を話すと,よければあたしたちと一緒にやりませんか,と信じられぬ申し出.さらに,自分は本日手ぶらであり何もコスプレ道具の用意がない旨を伝えたところ, 2人は先程脱いで畳んであった,まだ温もりを残したスカートを差し出し,エプロン代わりに使っていいよ,と手渡してくれた.
 私は,ありがとうありがとうと声を詰まらせながら,女の子のいい匂いのするスカートで身支度を整え,ぱっと後を振り向くと,直径1m高さ3mほどの巨大な円筒にアカリちゃんがよじ登っている.
 何をしているのかと問うと,これからこの円筒の中に,アカリちゃんを芯にしてエポキシ樹脂を注入し,硬化後脱型して巨大な麺棒と成し,それでもってそばを打つのだという.
 などと妄想しながら2階へ上がる.

 2階はなるほど数部屋に分かれて史料展示スペースになっており,農具や調度品,教科書,地図,カメラ,蓄音機,洗濯機,おもちゃなどが並んでいる.まるまる昔の理容室が再現された教室もある.
 しかしここは昭和のはずだが,やけに明治大正年間の展示物が多いのは要するに適当なんだろう.

 近衛師団ト第壱師団ハ東京ニアリ,第弐師団ハ仙台ニアリ云々と書かれた教科書を読み耽っていると,階下で鳥の鳴くような叫び声がする.
まもなく,一見してぶっこわれた目つきのオヤジが一族郎党を連れて大はしゃぎで階段を駆け上がってきた.そして私が,そういや2・26事件の決起部隊は近衛師団と第一師団だっけ,などと思いを馳せているところへ荒々しく押し入ってきたかと思うと,一生懸命孫の気を引こうとして,大声で喚き散らしながら展示品のケンダマを振り回したり,室内で竹とんぼを飛ばすなどの暴挙に出たが,ふいに部屋の一角にひょこひょこ歩いてゆくと,「こわれています.ひかないで!」と書かれたオルガンを猛烈に弾き始めた.しかしオルガンはギッシギッシと卑猥な哭き声を上げるばかりで一向に音楽を奏でない.オヤジは
 「ダメやこらぶっこわれてるだら」
 と吐き捨ててさっさとガキを引き連れ,教室を出てしまった.
 まあお前も壊れてるけどな.

 注意力障害の一家が嵐のように過ぎ去ると,あたりは再び静寂に包まれた.
 私は教室に並べてあったアサヒグラフのバックナンバーを手に取り,パラパラとページを繰った.
 全国各地の学会員が夜行列車に乗って富士宮にお参りをする様子だの,軍艦島にピカピカの6階建て校舎が完成し,児童が元気に2学期を迎えたことを報じる記事などが載っており,その後の学会と富士宮の紆余曲折や新幹線の開通,軍艦島盛衰の歴史を思うと,当事者に非ずと言えども四十余年という時の流れが感慨深い(どうでもいいが私は無宗教です).

 結局私はそのまま史料展示に没頭してしまい,気がつけば硫化水素組との待ち合わせ時間が迫っていた.
 若干見学し足りない気持ちを断ち切って昇降口に出ると,奥の部屋ではユキちゃんとアカリちゃんがまだ楽しそうに蕎麦を打っている.
 2人の顔を見たとき,なんだかとても懐かしいような気がした.

 どうも私には懐古のヘキがあるらしい.それも自分の体験を懐古するのではなく,もっとずっと以前の時代まで遡るのだ.そういうものを懐古と呼ぶかどうか知らないが,とにかく時代がかった書物や映像などを見聞きしていると,それらがかなり実体験に近い感覚としていつの間にやら刷り込まれる.そして何かの拍子に偽の記憶がどこかから突いて出て,不意に懐かしい感じを覚えるのだ.
 誰にでもあることかもしれないが,そういう傾向が人より強いように思う.そのせいか所謂既視感に出会うこともしばしばだ.
 そんな塩梅で二十年余りも生きていると,普段骨董の趣味などなくても無意識に過去の時代の有形無形な事物に執着して,多少の雑多な知識が蓄積されてくるらしい. したがって,昭和30年代のアサヒグラフなど読んでいると,すぐに今ここにいる自分はどこぞへふっ飛んでしまい,おこがましくも当時を生きた人間になりきって記事に入り込んでしまう.知らない出来事と思わない.懐かしい.
 懐古というより変わった人というべきだろうか.

 そんな調子ですっかり昭和30年の人間になった私は,昭和ランドが全然流行らないおかげで,ユキちゃんアカリちゃんを再び見るまで数十分間現代人に出会わなかったのだ.
 もしあのとき,アサヒグラフを食い入るように見つめる私の隣で,鼻水を垂らしたガキがコマ回しなどしていれば, 2人を見たときのあの感覚は味わえなかったに違いない.

 そういう訳で,数十分の時間が自らの脳内トリップによって仮想的に相当拡大された後に,以前と変わらぬ笑顔で蕎麦打ちに興じる,名も知らぬ2人に出迎えられて現実に引き戻された私は,なんとも表現し難い安堵感を覚え,大変清々しい気分であった.
 この歳であの終末ランドをこれだけ有意義に,しかも局地的に利用し得たのはだいぶ珍しいケースだろうと思う.

 この先どこかでユキちゃんとアカリちゃんに再会したら,飛び掛かって彼女らのスカートの匂いを嗅ぎ,楽しかったそば打ち教室を思い出して懐かしさに咽び泣きたい.


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  1. 2004/12/01 (Wed) 03:00:52|
  2. 与太話

EOS JUDY

 余計なことをしてるヒマはまったくないのですが,余計なことをしています.
 カメラの型番隠しに貼っつけていたバッヂの塗装が一部欠けたのでエポパテで新調しました.現在デジカメはこれしか手元にないので自分撮り.
 なぜJUDYかと問うならばこのカメラの名前は"EOS 10D"といry

 ところで私はかつてJUDYさんやMARYさんが好きだったので,乗っていたチャリのフロントサスを"JUDY"(RockShoxというサスペンション屋の製品名)に換装しようかと思ったけど,すでにそれより上位のモデルがくっついていたので悩んだことがあります.
 次にヒマになったらいよいよ観音(Canon)ロゴ隠しを作ります.すいません観音さん.

 でも治安のよろしくない海外に赴くキャメラマンなどは,盗難防止のために NikonだのCanonだのCONTAXだのLeicaだのってロゴを黒テープで隠していたという噂だよ.今でもやってんのかしら嘘か真か知らんが.同様の理由で海外のチャリンコメッセンジャーはフレームのブランド名を隠すという噂.
 かつてなけなしの私財を投げ打って購入した前述のチャリをあっさり盗まれた私は,こういった話題に無関心では居られぬのです.そうでもないけど.





  1. 2004/12/04 (Sat) 01:12:35|
  2. 写真・キャメラ

ポリパテ磨き

 置換したポリパテのカタマリが結構ガタガタだったので,表面をならすのに時間がかかりますのう.ポリパテってこんなに硬かったですか.上下半身を分かつのに1時間以上かかりました.レザーソー買わないとダメかしら.
 首と肩の分割面処理が終わりました.
 時間が.ない.





  1. 2004/12/14 (Tue) 02:42:30|
  2. - 002 春麗

グランツ4が届いたから人形終わり

 風邪で寝込んだり出張に飛び回ったりケーキを食らったりしてたら2週間でこれっぽっちしか進まなかったのです.
 一見してどこが変わったんだか分かりません.主に表面処理しかしてません.表面処理に時間かかりすぎ.服もまだ作ってないのに.これだけで50日くらい欲しい.
 ところで個人的に中国服はノンスリーヴでなきゃイヤなんですけど,袖がないとキャプコンにぶっとばされますかね.申請結果がまだ分からないのでなんとも言えないですけどいっそのこと落ちろもう間に合わねえ.

 どんどんどん.

 あっドアを激しく叩く音が!

 「佐川急便でーすプレイ捨てチョンどっとこむからでーす」

 あああとうとうグランドツーリ相撲4が届いてしまたもうダメだ.せめて靴を完成させたかった.

 みなさん,よいお年を.





  1. 2004/12/28 (Tue) 22:44:07|
  2. - 002 春麗
  

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